東京地方裁判所 平成10年(ワ)11634号 判決 1999年12月21日
原告
デ・エル・オ・ペ・イ・セ(ソシエテ・シビル)
右代表者
【A】
右訴訟代理人弁護士
片山英二
同
北原潤一
同
本多広和
右補佐人弁理士
【B】
被告
藤川株式会社
右代表者代表取締役
【C】
被告
清水製薬株式会社
右代表者代表取締役
【D】
右両名訴訟代理人弁護士
久保田穰
同
増井和夫
同
橋口尚幸
被告清水製薬株式会社訴訟代理人弁護士
竹内澄夫
同
柴田保幸
同
得丸大輔
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告藤川株式会社は、別紙物件目録(一)記載の物件を輸入し、販売してはならない。
二 被告清水製薬株式会社は、別紙物件目録(二)記載の物件を製造し、販売してはならない。
三 被告藤川株式会社は、その占有する別紙物件目録(一)記載の物件を廃棄せよ。
四 被告清水製薬株式会社は、その占有する別紙物件目録(二)記載の物件を廃棄せよ。
五 被告清水製薬株式会社は、原告に対し、金九〇一〇万円及びこれに対する平成一〇年六月九日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、血液凝固の制御能を持つムコ多糖組成物及びこれを含有する医薬並びにその製造方法に関する特許権を有する原告が、被告藤川株式会社が別紙物件目録(一)記載の物件を輸入・販売する行為及び被告清水製薬株式会社が別紙物件目録(二)記載の物件を製造・販売する行為が原告の右特許権を侵害すると主張して、被告らに対し、右輸入・販売及び製造・販売の差止め等を、被告清水製薬株式会社に対し、損害賠償を求めている事案である。
一 争いのない事実
1 原告は次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有する。
特許番号 第一七四七四六一号
発明の名称 血液凝固の制御能を持つムコ多糖組成物及びこれを含有する医薬並びにその製造方法
出願日 昭和五四年一一月五日
優先権主張 一九七八(昭和五三)年一一月六日フランス国
一九七九(昭和五四)年七月二〇日フランス国
出願に基づく
公告日 平成三年三月二九日
登録日 平成五年三月二五日
特許請求の範囲 末尾に添付した特許公報(以下「本件公報」という。)の特許請求の範囲第1項記載のとおり(以下、同項の発明を「本件発明」という。)
2 本件発明の構成要件を分説すると、次のとおりである(以下、それぞれの構成要件を「構成要件A」などという。)。
A 分子量一〇〇〇〇未満のヘパリン様ムコ多糖類からなる血液凝固の制御能を持つムコ多糖組成物であること。
B アルコール度五五~六一。GLの水性アルコール媒質(水─エタノール)に可溶であること。
C 純アルコール(エタノール)に不溶であること。
D 分子量四〇〇〇未満のヘパリン様ムコ多糖成分と分子量四〇〇〇~一〇〇〇〇の範囲のヘパリン様ムコ多糖成分とを含んでいること。
E 抗Ⅹa(イン─ウエスラー)価が少なくとも四〇単位/mgであること。
F 抗Ⅹa(イン─ウエスラー)価/総括的凝血強度(USP価)比が少なくとも二である(ただし、総括的凝血強度(USP価)は○でない)こと。
3 被告藤川株式会社(以下「被告藤川」という。)は、イタリアの会社であるオポクリン・エッセ・ビ・ア(以下「オポクリン社」という。)から別紙物件目録(一)記載の物件(以下「パルナパリンナトリウム」という。)を輸入し、被告清水製薬株式会社(以下「被告清水」という。)は、被告藤川からパルナパリンナトリウムを購入してこれを有効成分とする別紙物件目録(二)記載の物件(以下「ローヘパ注五〇〇」といい、「パルナパリンナトリウム」とまとめて「被告ら物件」という。)を製造し、平成八年一一月からこれを販売している。
二 争点
1 被告ら物件が本件発明の技術的範囲に属するかどうか
(原告の主張)
(一) 構成要件Aについて
本件特許に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の記載によると、構成要件Aの分子量は概括的な値であることが理解されること、本件明細書の実施例において得られた画分には分子量一〇〇〇〇を超えるものが含まれていることからすると、構成要件Aは、主として「分子量一〇〇〇〇未満のヘパリン様ムコ多糖類からなる血液凝固制御能を持つムコ多糖組成物」を意味するものと解すべきである。
被告清水作成のローヘパ注五〇〇のパンフレットには、「パルナパリンナトリウムは・・・ヘパリンと同様の基本構造を有し、分子量は一、五〇〇~一〇、〇〇〇の分布を有する」と記載されており、実際にも、パルナパリンナトリウムは、九六パーセント以上が分子量一〇〇〇〇未満のムコ多糖類から構成されているから、パルナパリンナトリウムは、主として「分子量一〇〇〇〇未満のヘパリン様ムコ多糖類からなる血液凝固制御能を持つムコ多糖組成物」であるということができる。
したがって、パルナパリンナトリウムは、構成要件Aを充足する。
(二) 構成要件B及び同Cについて
ある物質が本件発明にいう「可溶」、「不溶」のいずれに該当するかを判定するためには、その物質を水性アルコール媒質や純アルコール媒質に加えて一定時間攪拌した後、清澄な上澄液を回収してこれを蒸発させたときに、乾燥した残留物が得られるかどうかを確認すればよい。もし、清澄な上澄液を蒸発させたときに残留物が得られた場合には、当該物質はその媒質に可溶ということになるし、もし右上澄液を蒸発させたときに残留物が得られなければ当該物質はその媒質に不溶ということができる。
本件発明の発明者の一人であるジャン・クロード・ロルモが、ローヘパ注五〇〇から抽出したパルナパリンナトリウム標品の有する性質について行った実験(甲六、以下「ロルモ実験」という。)によると、パルナパリンナトリウム標品一〇〇mgをアルコール度五八。GLの水─エタノール一一〇mlに加え、室温下で一五時間攪拌したところ、清明な溶液が得られ、いかなる不溶物質も懸濁液中やビーカーの壁面に見られず、清明な上澄液を回収して蒸発させたところ、九九.九mgの乾燥した残留物が得られたのであるから、パルナパリンナトリウムは、構成要件Bを充足する。なお、右の実験条件は、本件明細書記載の実施例の方法に適合したものである。
ロルモ実験によると、パルナパリンナトリウム標品一〇〇mgを純エタノール一〇〇mlに加え室温下で一五時間攪拌したところ、不溶物質が残ったので、これを取り除き、清明な上澄液を回収して蒸発させたところ、いかなる乾燥した残留物も得られなかったから、パルナパリンナトリウムは、構成要件Cを充足する。
(三) 構成要件Dについて
パルナパリンナトリウムには、分子量四〇〇〇未満のヘパリン様ムコ多糖成分と分子量四〇〇〇~一〇〇〇〇の範囲のヘパリン様ムコ多糖成分の双方が含まれているから、構成要件Dを充足する。
(四) 構成要件E及び同Fについて
ロルモ実験によると、パルナパリンナトリウム標品の抗Ⅹa活性(抗Ⅹa価)を、Yin et al,J.Lab.Clin.Med.1973,81;pp.298-309記載の方法で、Sigma社製の試薬と対照用の標準ヘパリンを使用して測定したところ、四回に分けて測定した平均値は、一四九単位/mgであった。したがって、パルナパリンナトリウムは、構成要件Eを充足する。
ロルモ実験によると、パルナパリンナトリウム標品のUSP抗凝血活性(USP価)を、アメリカ薬局方ⅩⅠⅩ二二九~二三〇ページ記載の方法で、対照用の標準ヘパリンを使用して測定したところ、四回の測定値は、いずれも四二単位/mgであった。右のとおり、抗Ⅹa価は平均一四九単位/mgであるから、抗Ⅹa価/USP価は、約三.五である。したがって、パルナパリンナトリウムは、構成要件Fを充足する。
(五) 以上のとおり、パルナパリンナトリウムは本件発明の構成要件全てを充足するから、その技術的範囲に属する。
(被告らの主張)
(一) 構成要件Aについて
本件明細書の実施例においては、ゲル濾過により分子量が一〇〇〇〇未満の画分を採取しているから、構成要件Aの「分子量一〇〇〇〇未満」という部分は、他の成分を排除しているというべきである。しかるところ、パルナパリンナトリウムには、分子量が一〇〇〇〇を超える成分が含まれているから、構成要件Aを充足しない。
(二) 構成要件Bについて
本件明細書には、可溶性の試験方法は何ら記載されていないから、「可溶」かどうかの判定は、技術常識に従った通常の試験方法によるべきであり、各国薬局方が一致して採用する溶解性試験が最も妥当な方法である。
本件特許出願時の日本薬局方によると、溶質一gが温度二〇℃の溶媒一〇ml以上三〇ml未満に三〇分以内に溶解すれば「やや溶けやすい」とされるが、それ以上の溶媒を必要とするときは、順次「やや溶けにくい」、「溶けにくい」、「極めて溶けにくい」、「ほとんど溶けない」と評価される。「やや溶けにくい」を「可溶」に含めることはできないから、構成要件Bの「可溶」とは、水性アルコール三〇mlにつき一g以上が溶解することを意味するというべきである。
被告らが、溶媒の温度を二〇℃とし、混合方法は、本件明細書に記載された実施例1を参照して、一五分間非常に激しく攪拌した後、さらに一五分間激しく攪拌する方法によって、パルナパリンナトリウムの溶質約三〇〇mgを、五八。GLの含水アルコールの溶媒一〇〇ml中で混合する実験を行ったところ、可溶分は二六%にとどまった。また、溶媒量をさらに多くした場合の溶け方も調べてみたが、溶媒量を三倍にしても可溶分は三二%とほとんど変わらなかった。
したがって、パルナパリンナトリウムは、構成要件Bを充足しない。
(三) 構成要件Dについて
普通のヘパリンの中には、分子量四〇〇〇未満の成分も、分子量四〇〇〇を超える成分も存在するから、構成要件Dを、普通のヘパリンとは異なる意義を有するように解釈すると、構成要件Dは、ゲル濾過又は同等の分取方法により、分子量四〇〇〇未満の成分と分子量四〇〇〇~一〇〇〇〇の成分をそれぞれ分取して、混合することを意味すると解すべきである。
しかるところ、パルナパリンナトリウムは、そのような方法によって作られたものではないから、構成要件Dを充足しない。
(四) 構成要件Fについて
オポクリン社においてローヘパ注五〇〇に使用されている低分子量ヘパリンのUSP価を測定したところ、その値は九五.九一~九九.一五単位/mgの範囲にある。
抗Ⅹa価の測定は困難であるので、原告の測定値一四九を採用すると、抗Ⅹa価/USP価は約一.五であって、二を下回る。
また、オポクリン社が本件訴訟と無関係に測定・報告した、同社の低分子量ヘパリンのUSP価は、八〇単位/mgである。この数値を使用しても、抗Ⅹa価として原告の値を採用した場合、抗Ⅹa価/USP価は一.八六であって、二を下回る。
したがって、パルナパリンナトリウムは、構成要件Fを充足しない。
(五) ロルモ実験には、不自然、不合理な点が多くあり、実際にこのような実験を行ったとは考えられない。
(六) 以上のとおり、被告ら物件は本件発明の構成要件を充足せず、その技術的範囲に属するものではない。
2 損害
(原告の主張)
(一) 被告清水は、平成八年一一月からローヘパ注五〇〇を業として販売し、平成九年一二月までの売上高は九億〇一〇〇万円を下らない。
(二) 原告は被告清水に対し、本件発明の実施に対して受けるべき金銭の額に相当する損害金を請求する権利を有するところ、本件において右受けるべき金銭の額としては、売上高の一〇%が相当である。
(三) したがって、原告は、被告清水に対して、右売上高の一〇%である九〇一〇万円の損害賠償を請求する。
(被告らの主張)
原告の右主張を争う。
第三 争点に対する判断
一 構成要件Bについて
1 明細書の記載
証拠(甲二)によると、本件特許明細書の「発明の詳細な説明」には、次の記載があることが認められる(括弧内には本件公報中の記載位置を示す。)。
(一) 「・・・本発明は、ヘパリンから得られるムコ多糖画分に関し、又は哺乳動物の組織から抽出によって得られるような分子量が特に約二〇〇〇から五〇〇〇〇におよぶヘパリン様構成成分を含む画分から得られるムコ多糖画分に関する。この画分は、アルコール度五五~六一。GLの水性アルコール媒質(水─エタノール)に可溶であり、それよりもアルコール含量の高い水─エタノール媒質には次第に溶解度が低下し、純粋なアルコールには不溶であり、・・・」(六欄二一行目から三〇行目)
(二) 「本発明は上記のようなムコ多糖画分を得る方法にも関するものであって、この方法は次の工程からなる。
一 アルコール度が約五五。GLと約六一。GLの間で、好ましくは五八。GL程度である水・エタノールのような水性アルコール媒質に、ヘパリンを主体とする物質、又は分子量が特に二〇〇〇~五〇〇〇〇の範囲内にあり、かつ無機塩含有量の低い、好ましくは一重量%未満のヘパリン様構成成分を主体とする物質を懸濁せしめ、
一 不溶性画分を分離し、ムコ多糖画分が溶解している溶液を回収し、次いでこの溶液から、特に上記の水性アルコール媒質によるアルコール沈殿によって、溶解しているムコ多糖画分を分離する。」(七欄四一行目から八欄一一行目)
(三) 「・・・このような原材料(本質的に蛋白、核酸および無機塩をほとんど含まず、好ましくは無機塩の含有量が一重量%未満)から、五五。~六一。GLのアルコールによる抽出で、Yin─Wessler価とUSP価との比が約二~約五、特に三~五である低分子量の構成成分を含むムコ多糖画分を得ることができる。
アルコール度が六一。GLより高い水・エタノール混合溶媒を用いると、抽出収率がほぼゼロとなることに注意されたい。これに反し、アルコール度五五。GL未満の水性アルコール媒質を用いると、構成成分の可溶化を来し、製品にこれが入るとYin─Wessler価とUSP価との比を低下せしめる。」(八欄二三行目から三五行目)
(四) 実施例1
「原料は力価一七〇IU/mg(USP単位)の注射用ヘパリン一〇〇gであった。
この一〇〇gのヘパリンに、五八。GLのアルコール二五〇〇mlを添加し、一五分間非常に激しく攪拌した後、さらに一五分間激しく攪拌を続け、懸濁液を七〇〇〇r.p.mで一時間遠心分離にかけ、上清二四〇〇mlを回収した。
この上清に、八〇mlの飽和食塩溶液を添加し、その後一〇〇。GLのアルコール二四〇〇mlを添加した。
沈殿した生成物を回収し、アルコールで洗浄し、乾燥した。重量は二.一gであった。・・・」(一四欄二七行目から三七行目)
(五) 実施例2
「注射用ヘパリンを製造するために行う市販ヘパリンの精製段階で生ずるごときヘパリンの副画分に由来する物質を原料として用いた。特に、一部は、塩化ナトリウム一〇─二〇g/l含有のヘパリン水溶液に一〇〇。GLのアルコール○.六─○.七倍容量を添加して得られる上清から得たものであった。この沈殿した精製ヘパリンをさらに精製するために回収した。ここで使用した原料はまた、注射用ヘパリンから痕跡量の無機塩を除去するために行った種々のヘパリン精製操作の残渣、特にアルコールの沈殿操作によって得られたものも含んでいた。
この原料一〇kgに、五八。GLのアルコールを三〇倍容量(三〇〇l)添加し、この懸濁液を一五分間激しく分散及び攪拌した後、強力な攪拌を更に一二時間続けた。その後、四八時間放置して、溶解しなかった原料を沈殿せしめた。やや曇った上清液を採り、遠心分離により清澄化した。
この上澄液(容量二八〇l)に、飽和塩化ナトリウム溶液一〇l、次いで一〇〇。GLのアルコールを等容量(二八〇l)添加した。得られたムコ多糖画分を含む沈殿を一〇〇。GLのアルコールで洗浄後、乾燥した。
得られたムコ多糖画分六六〇gのYin─Wessler価とUSP価との比は、既に二より高かった・・・」(一四欄四三行目から一五欄二二行目)
2 証拠(乙一、一二)と弁論の全趣旨によると、日本薬局方には、溶解性について基準が示されており、溶質を溶媒中に入れ、二〇℃プラスマイナス五℃で五分間ごとに強く三〇秒間振り混ぜるとき、三〇分以内に溶ける度合いによって判定するものとされていることが認められる。
3 「可溶」の意義
(一) 右1認定の事実によると、本件発明のムコ多糖組成物が得られるムコ多糖画分は、アルコール度が約五五。GLと約六一。GLの間で、好ましくは五八。GL程度である水・エタノールのような水性アルコール媒質に一旦溶解し、この溶液からアルコール沈殿によって分離して得られるものであり、本件発明の実施例においても、右ムコ多糖画分は右水性アルコール媒質に溶解したものが抽出されていることが認められる。
そうすると、右ムコ多糖画分は、その全てが右水性アルコール媒質に溶解するものでなければならないというべきであり、構成要件Bにいう「可溶」とは、アルコール度五五~六一。GLの水性アルコール媒質(水─エタノール)に、全てが溶解することを意味するものというべきである。
(二) 弁論の全趣旨によると、溶媒に溶質の全てが溶解するかどうかは、溶媒及び溶質の量、攪拌時間、温度等の要因によって大きく左右されるものと認められるから、いかなる条件でも、溶媒に溶質の全てが溶解することがあれば、構成要件Bにいう「可溶」を充足するというのでは、特許請求の範囲において「可溶」という限定を付した意味がなくなることになり、不合理である。
そこで、本件発明において「可溶」かどうかを判定する条件について検討するに、証拠(甲二)によると、本件明細書には、右条件について明示的に定義した記載はないものと認められる。しかし、右1(四)(五)認定のとおり、本件明細書では、実施例において、本件発明に係る物質を抽出する際に、原料を水性アルコール媒質に溶解する例が示されているのであるから、これらの実施例は、右条件を解釈するに当たって参照すべきものであり、実施例において「可溶」とされるものと同程度の条件で溶解すれば、本件発明の「可溶」を充足するということができるが、実施例において「可溶」とされるものと同程度の条件で溶解するとは認められないのであれば、本件発明の「可溶」を充足するということはできない。
4 被告ら物件との対比
そこで、右1ないし3で述べたところに基づき、被告ら物件が構成要件Bの「可溶」を充足するかどうかについて判断する。
(一) 証拠(甲六、二三)によると、ロルモ実験における溶解性に関する実験の内容は、次のとおりであることが認められる。
(1) ローヘパ注五〇〇から抽出したパルナパリンナトリウム一〇〇mgを、室温(二一─二三℃)で、激しい攪拌下で、ビーカー中の一一〇mlの水─エタノール五八。GLに添加した。
(2) このビーカーをパラフィルムで密閉されるように閉じ、激しい攪拌を続けた。
(3) 一五時間の攪拌の後に、透明な溶液が得られ、不溶物は、懸濁物としても、ビーカーの壁に付着するものとしても、認められなかった。
(4) 透明な上澄液を回収し、五〇℃、減圧下(一〇mmHg)で、ロータベーパーで蒸発させた。こうして得られた乾燥残渣の重量は九九.九mgであった。
(二) 右ロルモ実験によると、右(一)(1)ないし(4)の条件下においては、パルナパリンナトリウムのほとんど全てが、アルコール度五八。GLの水性アルコール媒質に溶解したものとされている。
ロルモ実験と右1(四)認定の実施例1を比較すると、実施例1では、三〇分攪拌しているのに対して、ロルモ実験においては、一五時間攪拌しており、攪拌時間が大きく異なる。なお、右一2認定の日本薬局方の溶解性に関する基準においても攪拌時間は三〇分以内であるから、右の三〇分間の攪拌時間は、決して短かすぎるということはできない。そうすると、ロルモ実験と実施例1との対比から、パルナパリンナトリウムは、実施例において「可溶」とされるものと同程度の条件でアルコール度五五~六一。GLの水性アルコール媒質に溶解するものと認めることはできない。
ロルモ実験と右1(五)認定の実施例2を比較すると、実施例2では、一二時間攪拌しているが、ロルモ実験においては、それよりも長い一五時間攪拌している。これらの攪拌時間は、一見すると近接しているようであるが、実施例2における原料は、実施例1やロルモ実験とは異なり、「注射用ヘパリンを製造するために行う市販ヘパリンの精製段階で生ずるごときヘパリンの副画分に由来する物質」であって、「注射用ヘパリンから痕跡量の無機塩を除去するために行った種々のヘパリン精製操作の残渣」を含むものであるから、低分子量ヘパリン以外の物質が多く含まれていると推認される。このような原料に含まれるムコ多糖画分を、アルコールに溶解させるためには、ロルモ実験のようにパルナパリンナトリウムのみに五八。GLのアルコールを添加した場合よりも、長時間攪拌することが必要であると考えられる。そうすると、実施例2で一二時間攪拌しているからといって、ロルモ実験におけるそれよりも明らかに長い一五時間の攪拌が、実施例2とほぼ同じ条件であると認めることはできない。また、実施例2では、得られたムコ多糖画分の量は、上清二八〇l中の六六〇グラムであるから、ムコ多糖画分を基準とすると、溶質一g当たりの溶媒の量は約四二〇mlであるということができるが、これは、ロルモ実験のパルナパリンナトリウム一gに対する五八。GLのアルコールの量である一一〇〇mlの半分以下である。以上述べたところからすると、ロルモ実験と実施例2の対比から、パルナパリンナトリウムは、実施例において「可溶」とされるものと同程度の条件でアルコール度五五~六一。GLの水性アルコール媒質に溶解するものと認めることはできない。
そして、他に、パルナパリンナトリウムが、実施例において「可溶」とされるものと同程度の条件でアルコール度五五~六一。GLの水性アルコール媒質に溶解するものというべき事実は認められない。
(三) したがって、被告ら物件が構成要件Bの「可溶」を充足するとは認められない。
二 以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、被告ら物件は本件発明の技術的範囲に属さず、原告の請求はいずれも理由がない。
(裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 杜下弘記)
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